「また、あの言葉を使わなければならない状況になっています」。令和8年熊本地震の被災地から届くニュースを見るたびに、そんな重い気持ちになります。
2026年7月30日付の報道では、熊本県内のある避難所で、発災から48時間が経過してもトイレが十分に整わず、断水が続くなかで早朝になると女性用トイレに30〜40人もの行列ができていたことが伝えられました。仮設トイレが1台届いたのも、発災からようやく48時間後だったといいます(Yahoo!ニュース「熊本地震 48時間後でも整わぬ『TKB』」2026年7月30日)。
今回は、震災のたびに繰り返し使われてきた「トイレパニック」という言葉について、なぜ起こるのか、過去の震災で具体的に何があったのか、そして今の熊本地震の現場で何が起きているのかを、公的機関の資料や報道、被災経験者の証言をもとに整理します。トイレパニックが招く健康リスクと、今日からできる備えについては、続く記事で詳しく解説します。

「トイレパニック」とは ― 阪神・淡路大震災で生まれた言葉
「トイレパニック」という言葉が広く使われるようになったきっかけは、1995年の阪神・淡路大震災だったとされています。当時、兵庫県内では約130万戸(県内世帯の9割以上)が断水し、完全に水道が復旧するまで約3か月を要しました(日本トイレ研究所「災害用トイレガイド」阪神・淡路大震災の記録)。
水洗トイレが使えなくなった避難所では、仮設トイレとし尿を汲み取るバキュームカーの数がまったく足りず、し尿の収集が追いつかない状態が続きました。学校の校庭や側溝など、本来トイレではない場所にまで排泄物があふれ、「こんな(溢れかえった)ところを使うなんて無理」という避難者の声も記録に残っています。この著しく不衛生な状態を指して「トイレパニック」という言葉が生まれました。
なぜ震災のたびにトイレパニックが繰り返されるのか
正直なところ私は、「30年も前の出来事なのだから、今はもう改善されているはず」と思っていました。ですが調べてみると、同じ構造の問題が形を変えながら繰り返されていることが分かります。理由は大きく3つに整理できそうです。
①断水・下水道の損壊で、水洗トイレがまず使えなくなる
地震では上水道だけでなく下水道そのものが壊れることも珍しくありません。2016年の熊本地震では下水道約83.8km(全体の2.6%)が被災し、水が流れない状態で水洗トイレを使い続けた結果、「排泄物等で満杯に」なる事例が報告されています(日本トイレ研究所「災害用トイレガイド」熊本地震(2016年)の記録)。
②仮設トイレの設置が、命に関わる対応として後回しにされやすい
東日本大震災では、避難所に災害用トイレが設置されたのは早い地域でも3日目以降、遅いところでは11日目という記録も残っています。発災から3日以内に仮設トイレが行き渡った自治体は、被災地全体のわずか3割強にとどまりました。
③トイレに行きたくなるタイミングは、想像より早い
日本トイレ研究所の調査では、発災後3時間以内に約4割、6時間以内には約7割の人がトイレに行きたくなることが分かっています。2016年の熊本地震を対象にした調査でも、3時間以内で約4割、6時間以内で約8割とほぼ同じ傾向でした。つまり多くの人にとって、水や食料の心配よりも先にトイレの問題がやってくるということです。
内閣府(防災担当)も「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」(令和6年12月改定)の中で、トイレ環境の悪化が水分・食事を控える行動につながり、脱水症状や体力低下、深部静脈血栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)などの健康被害を招く危険性がある点を、避難所運営上の重要課題として位置づけています(内閣府(防災担当)「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」令和6年12月改定)。
過去の震災では、具体的に何が起きたのか
阪神・淡路大震災以降も、大きな地震のたびに同じ構図が繰り返されています。
2011年の東日本大震災では、断水・停電に加えて汚水処理施設そのものが被災し、水洗トイレの多くが機能停止しました。設置された仮設トイレも「狭い・暗い・和式・段差がある」など高齢者や障害のある方には使いづらいものが多く、結果としてトイレに行くこと自体を避ける被災者が相次いだと報告されています。
2016年の熊本地震では、断水が445,857戸に及び、体育館に避難した人が「トイレのために屋外まで往復を強いられた」「利用時間が集中し行列ができた」といった証言が数多く残っています。設置された仮設トイレも和式が多く、高齢者には利用しづらいものでした。熊本地震での災害関連死228人のうち、約8割が肉体的・精神的ストレスを原因とする死だったとされています(日本トイレ研究所「災害用トイレガイド」熊本地震の記録)。
2024年の能登半島地震でも、最大約11万戸が断水し、多くのトイレが排泄物であふれる状態になりました。現地取材にあたった女性記者は「被災地にいた1週間は水分を控えていたためか、便秘気味だった」と語り、夜間は同僚と連れ立って唯一稼働していた公衆トイレに通っていたと明かしています(東京新聞デジタル「能登半島地震でトイレどうした 女性も『連れション』切実な実態」2024年1月27日)。
同記事によれば、最大規模の災害に備えた携帯・簡易トイレの備蓄が「足りる見込み」と回答した自治体は、当時わずか約31%にとどまっていました。

そして今、熊本地震の避難所で何が起きているか
冒頭でも触れたとおり、令和8年熊本地震の避難所でも、断水下でのトイレ不足・行列という同じ課題が既に報告されています。約400か所の避難所に9,450人が避難し、段ボールベッドの備蓄もわずか40台にとどまるなど、トイレ以外の環境整備も追いついていない状況です(前掲Yahoo!ニュース、2026年7月30日)。断水戸数や避難者数など最新の状況は、熊本地震の最新情報まとめでも随時更新していますので、あわせてご確認ください。
紘一のひとこと:
トイレの話は、正直あまり大きな声で語られにくいテーマだと思います。でも阪神・淡路大震災から30年経った今でも同じ問題が繰り返されているのを見ると、「命に関わる備え」として、もっと率直に話していい話題なのだと感じます。次の記事では、トイレを我慢することが実際どれほど体に負担をかけるのか、そして今日から個人でできる備えについて、具体的にまとめます。
まとめ
- 「トイレパニック」は1995年の阪神・淡路大震災で生まれた言葉で、仮設トイレやし尿収集の不足による深刻な不衛生状態を指す
- 断水・下水道被災による水洗トイレの機能停止、仮設トイレ設置の遅れ、発災後6時間以内に大半の人がトイレに行きたくなるという需要の速さが、パニックを繰り返す主な理由
- 東日本大震災・熊本地震(2016)・能登半島地震(2024)いずれでも、行列・和式トイレの使いづらさ・我慢による健康被害が共通して報告されている
- 令和8年熊本地震の避難所でも、発災48時間後の時点でトイレ不足が報じられている
続き: トイレパニックが招く深刻なリスクと、今日からできる備え
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